「150万の大仕事」にまんまとつられ…素人デザイナー地獄の10日間の始まり【斉藤啓】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「150万の大仕事」にまんまとつられ…素人デザイナー地獄の10日間の始まり【斉藤啓】

どーしたって装丁GUY 第4回

■デザインは予算を越えられない

 

「斉藤、コスト的にこれは流石に無理だよ」

 デザイン画を見て部長はあきれ顔。

 部長いわく、まず太陽系全惑星など作る予算も時間も意味もない。ブースはレンタルのイベント用テントで済ませたいたいところだし、長っ尻防止のためイスも過剰な飾り付けもいらない。とにかくもっとコストを下げなきゃ実現不可能だ、と。

 コストを意識するってのが初めてで、むしろプロっぽくて新鮮。いちいちなるほどと頷きながら、聞くべき指示は反映し譲れない部分は守った結果、こうなりました。

 

 

 コストカットとは地球をも半分にカットしてしまうものなのか…。

 地球は巨大なドーム型の鉄骨の枠組みにビニールシートをぐるりと張り回す構造。このシートに海と大陸、雲などのリアル調な絵を描く作業が発生し、プロの絵師さん数人に頼むと当然けっこうなギャラも発生する。渋い顔をする部長に「ぼくが全部描くので予算はかかりません!」と無理やりOKをもらう。

 予算が無いなんて甘え。足りないものは全部自分でやればいい!せっかくのデザイナーデビュー戦、ショボいモノなんて作る意味がない!と鼻息荒いぼくでしたが、イベント前日のたった1日しかない施工期間にこの広面積の絵を1人で描けるのか?なんて考えはそっ閉じ…と。

 ともあれ社内と東京電力の担当部署にOKをもらい、その最終イメージ図を基に、安全に無理なく現実化できるよう施工業者さんに図面を引いてもらう。それをチェックしつつ、建材や作業員の手配も同時に進めて、ブース施工の段取りはなんとか整いました。

■ふぞろいの書体たち

 

 並行して展示パネルのデザインにも取り掛からねば。

 コピーライターが横マスの原稿用紙にびっしり鉛筆で手書きした原稿に、大型パネル11枚それぞれに文字と写真を効果的かつカッコよくレイアウトしてゆく作業にうつります。大きなカッターマットに専用の厚紙を広げ、ロットリング(製図用のペン)とカッターナイフとピンセットとノリ、直定規と三角定規などを用意。この時代、作業はすべてアナログ。

 問題は「文字」でした。元原稿の煩雑な手書き文字をキレイな印刷用文字にして、文字の大きさや行数を任意に調整した文字組のブロックを作り、それを厚紙に割り付けていく、んですが……まずそもそも印刷用文字の作り方がとんとわからない。

 ちょっと考えた末、新聞や週刊誌をどっさり買ってきて、原稿と照らし合わせては1文字1文字カッターで切り取っては糊で貼り、切り取っては貼りを繰り返して文字組を作ってゆく。大きすぎる文字はコピーで縮小、小さすぎる文字は拡大コピーして切っては貼り×1億回。まるで戦艦大和のプラモにアンテナと手すりを自作して接着してゆくような発狂級の無限地獄な作業。

 はたと我に返り、見返してみたその結果、

 

 

 サイコパス!やたら丁寧な誘拐犯からの脅迫状みたいになってました。

 新聞や雑誌によって書体も文字の大きさも太さもそれぞれ全然違っている、という事実にここで初めて気づき、完全にお手上げ。どーやってやればいいのこれ?

 また、デザインには風光明媚な尾瀬の風景写真などもふんだんに配置したいところ。しかしこれも外注のカメラマンに撮影を依頼したり、レンタルポジ業者(膨大な量の様々な写真ポジをストックしている業者)から適当な写真を有料レンタルする、などというデザイン業界の専門知識がゼロなぼく。いっそこれから小さなフィルムカメラを携えて尾瀬に撮影に向かおうか、との強行策も考えましたが、そんな時間的余裕はまったくないのが現実。

「そうだ、全部描いちゃえばいいじゃん!」と、ポスターカラーと写生セットを用意。尾瀬の風景画をいきなり描きまくりはじめます。

 今のようなデジタル制作環境はまだ存在していない当時。唯一のデジタル(っぽい)機器はモノクロコピー機だけ。PCで文字を打ってプリントアウト、とか、ネットでフリー画像を大量にダウンロード、どころかネットもメールもケータイもまったく一般には普及されていない時代。己のマンパワーでなんとかする以外に術はない。

次のページ〆切まであと5日!

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斉藤 啓

さいとう けい

装丁家 グラフィックデザイナー アートディレクター

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科中退。有限会社ブッダプロダクションズ代表。メインのお仕事は書籍の装丁ですが、ファッションなどの広告や、企業団体のディレクションなどもやってます。たまにBDAP名義でアーティストも。ヒマな時は山登りかチャリ乗ってます。HIPHOPと麻婆豆腐が好き。ニューヨークADC Distinctive Merit。ニューヨークTDC、ニューヨーク・フェスティバル、ショーモン国際ポスターフェスティバル(仏)ほか国内外のデザインコンペティションで受賞多数。

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